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Magnum's First - Face of Time 2016.4.23 sat - 5.15 sun ヒルサイドフォーラム(東京・代官山)
  • 2016.05.16 会期終了後も、公式図録を書店、アマゾンでお求めいただけます。宜しく御願い申し上げます。
  • 2016.05.15 マグナム・ファースト日本展は5月15日(日)で終了いたしました。多くの方々にお越しいただき御礼申し上げます。

マグナム・フォトの原点がここに
半世紀ぶりに発見された
オリジナルプリントによる伝説の写真展
ついに日本へ!

「世界最高の写真家集団」マグナム・フォト。「Face of Time―時の顔」は彼らが「マグナム」を結成し最初に企画した写真展であり、第二次世界大戦終結から10年を経た1955年6月から翌年2月にかけて、オーストリア5都市を巡回しました。伝説の写真家8人(ワーナー・ビショフ、ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、エルンスト・ハース、エリック・レッシング、ジャン・マルキ、インゲ・モラス、マルク・リブー)による83枚の白黒写真からなる写真展は、彼らが自ら企画し、写真を選び、構成したもので、「写真によるヒューマニズム」というマグナムの理想を最も明快に伝えていると言われています。

第二次世界大戦の傷跡がまだ癒えぬ時代、世界の各所において撮影された写真には、人間そして人間の日常が、センセーショナリズムなしに映し出されています。

その後、作品の行方は知られることがありませんでしたが、2006年、半世紀の年月を経てインスブルックのフランス文化会館の地下室で眠ったままの全作品が発見されました。この歴史的発見により、写真展は「マグナム・ファースト」として新たに蘇り、当時のオリジナルプリントがそのままに再現されました。そして2008年より現在まで、ドイツ、オーストリア、スペイン、スロベニア、ハンガリー、韓国の11都市を巡回し、ついに日本で初公開されます。

戦後70年を経た現在の日本において、戦後の歴史と共に歩んできたマグナム・フォトの初心を照らす本展を開催することは、極めて意義深いことと考えます。本展は、次代を担う子どもや若者を含む幅広い層の人びとに多くの刺激を与え、さまざまに考える場を提供することでしょう。

マグナム・ファースト日本展実行委員会

ABOUT MAGNUM PHOTOS

“フォトジャーナリスト”のパイオニア
世界最高の写真家集団

マグナム・フォトは、世界を代表する国際的な写真家のグループです。1947年にロバート・キャパの発案で、アンリ・カルティエ・ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビット・シーモアらにより結成されました。現在は、ニューヨーク、パリ、ロンドン、そして東京に事務所を構え、約50名の写真家・フォトジャーナリスト(報道写真家)が在籍。メンバーたちは、地球的規模で活躍しています。

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information

会期
2016年4月23日(土)-5月15日(日) 11:00-19:00  会期中無休
会場
ヒルサイドフォーラム 会場案内
入場料
一般1,000円 学生(高校・大学生)500円 中学生以下無料
主催
マグナム・ファースト日本展実行委員会
実行委員
小林裕幸(一般社団法人日本写真学会会⻑)、椎名誠(作家)、ティエリ・ダナ(駐日フランス大使)、田沼武能(写真家)、ベルンハルド・ツィムブルグ(駐日オーストリア大使)、福原義春(東京都写真美術館館⻑)、森山眞弓(一般財団法人日本カメラ財団理事⻑) (50 音順)
共催
一般社団法人カメラ映像機器工業会(CIPA)
助成
駐日オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム
協賛
オリンパス株式会社 キヤノンマーケティングジャパン株式会社 ソニー株式会社 株式会社ニコン 株式会社ニコンイメージングジャパン パナソニック株式会社 株式会社ケイワールド 株式会社ケンコー・トキナー 株式会社タムロン DANCEART デジタル写真技術研究会DIGITABLE 東京ビジュアルアーツ・校友会 株式会社ピクトリコ 株式会社ヒューマン・コミュニケーション研究所
後援
駐日フランス大使館、駐日欧州連合代表部、渋谷区教育委員会、公益社団法人日本写真家協会(JPS)、公益社団法人日本広告写真家協会(APA)、公益社団法人日本写真協会(PSJ)
協力
エプソン販売株式会社 マグナム・フォト東京支社 ヒルサイドテラス 株式会社ライブアートブックス EIZO株式会社

HISTORY

過去の巡回展

オーストリア,ウィーンWestlicht
2008年4月7日 - 5月18日
ドイツ,ハンブルクGallery Flo Peters
2008年9月2日 - 11月30日
スペイン,バリャドリッドSala Municipal de Exposiciones de San Benito
2009年6月4日 - 7月12日
ドイツ,フェルバッハGalerie der Stadt
2010年1月29日 - 5月2日
ドイツ,ザールルイMuseum Haus Ludwig
2010年5月30日 - 9月5日
ドイツ, バート・アーロルゼンMuseum Bad Aroisen
2010年10月8日 - 12月12日
ドイツ, エシュボルンDeutsche Boerse
2011年3月10日 - 2011年 5月5日
スロヴェニア, リュブリャナMuseum and Galleries of Ljubljana
2012年 5月29日 -9月2日
スペイン,マドリッドFundacion Canal Isabel II
2013年10月22日 -2014年1月26日
ハンガリー, ブダペストMai Manó House
2014年5月27日 - 10月5日
韓国, ソウル The Museum of Photography, Seoul
2015年4月4日 - 8月15日
ドイツ, アーヘン芸術文化センター (KUK Monschau)
2016年6月19日 - 9月4日
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photographers

ワーナー・ビショフ

ワーナー・ビショフ

Werner Bischof

「写真日記」© Werner Bischof / Magnum Photos
© Werner Bischof / Magnum Photos

1916年スイス、チューリッヒに生まれる。本人は画家を志望するが、父の希望で教員養成学校で学ぶ。クンストゲヴェルベシューレ工芸専門学校(現チューリッヒ芸術大学)に転校し、ハンス・フィンスラーより写真を学ぶ。1936年にグラフィック・アート・スタジオを開き、主にファッション写真を手掛ける。1942年より『ドゥ』誌の専属写真家となる。第二次大戦後、フランス、オランダ、ドイツなど戦災で荒廃した国々を取材し、ジャーナリスティックな写真を撮るようになる。

1949年、マグナムの正会員になる。1951年からインド、日本、韓国を数年に渡り取材し、『ライフ』『パリ・マッチ』『ドゥ』誌などで多くの秀作を発表し、国際的な評価を受ける。

1954 年南米ペルーのアンデス山脈で取材中ジープが谷底に転落し死亡。

ロバート・キャパ

ロバート・キャパ

Robert Capa

「バスク地方の祭り」© Robert Capa / Magnum Photo
© Robert Capa / Magnum Photo

本名アンドレ・フリードマン。1913 年ハンガリー、ブダペストに生まれる。

1931年左翼運動に関わったとの嫌疑をかけられ、ベルリンに逃れる。高等政治専門学校に学ぶ傍ら、写真エージェントで働き、コペンハーゲンで演説するトロツキーを撮影し写真の腕を認められる。1933年ナチ化が進むドイツを離れパリに移住する。ここで後の〈マグナム〉の創設メンバーとなるカルティエ=ブレッソン、シーモアらと出逢う。1936年頃からロバート・キャパの名前で作品を発表し、スペイン内乱中に撮影した「崩れ落ちる兵士」の写真で一躍世界的に有名になる。第二次世界大戦勃発とともに、1945年まで『ライフ』の特派写真家としてヨーロッパ戦線の重要な場面を記録する。特にノルマンディー上陸作戦の際撮影された一連の作品は第二次大戦中の最高傑作とされている。

戦後の1947年、著書『ちょっとピンぼけ』を出版した。同年アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビット・シーモアら と世界的な写真家集団に発展する〈マグナム・フォト〉を設立する。1954年4月初めて日本を訪れ大歓迎を受ける。翌5月25日『ライフ』の要請でインドシナ(現ベトナム)で撮影中、タイビンで地雷に触れ死亡。

1955年キャパの業績を記念して、ロバート・キャパ・ゴールドメダル賞が設立され、以後毎年優れたフォトジャーナリストに贈られている。

アンリ・カルティエ=ブレッソン

アンリ・カルティエ=ブレッソン

Henri Cartier-Bresson

「ガンジーの葬儀」© Henri Cartier-Bresson / Magnum Photos
© Henri Cartier-Bresson / Magnum Photos

1908年フランス、シャントルーに生まれる。

1923年頃から絵画とシュルレアリストに傾倒し、1927年から一年間アンドレ・ロートに絵画を学ぶ。その後アフリカの象牙海岸で一年過ごし、フランスに帰国後写真を始めるようになる。

1933年ニューヨーク、スペインで初めての写真展を開催。1934年、民族学調査隊に加わり一年間メキシコで過ごした後、アメリカに移り映画を学ぶ。ドキュメンタリー映画のプロダクションでジャン・ルノアールのもとで働き、後に独立。

1940年から43年までドイツ軍の捕虜になるが、脱走に成功し、フランスのレジスタンス活動に参加。その後ドキュメンタリー映画「ル・ル トゥール」を制作する。

1947年キャパらと写真家集団〈マグナム・フォト〉を設立。1948年から50年まで東アジアに滞在し、写真活動を行う。1952年写真集『決定的瞬間』を発表し、世界中の写真家に大きな影響を与えた。1955年パリを皮切りに世界中で回顧展が開催された。1966年よりマグナムの寄稿写真家になる。1969年から70年までアメリカのテレビ局の為にドキュメンタリー・フィルムを制作。1970年代半ばより、デッサンや絵画に時間を費やすようになり、1975年初めて絵画の展覧会を開催する。1987年には、ニューヨーク近代美術館で大規模な写真展が開かれた。

1999年新作を含む写真展「ランドスケープ / 二度とない風景」を東京で開催。2003年パリにて大回顧展を開催し、集大成の写真集も出版。同時期にアンリ・カルティエ=ブレッソン財団を設立。

2004年南フランスの自宅にて死亡。

エルンスト・ハース

エルンスト・ハース

Ernst Haas

「ファラオの国」© Ernst Haas / Courtesy of Getty Images
© Ernst Haas / Courtesy of Getty Images

1921 年オーストリア、ウィーンに生まれる。

オーストリア生まれで後にアメリカに帰化したハースは、1949年、マグナム・フォトに参画した。ウィーンでの学生時代、もともと薬学を学んでいたが、その後写真に転向した。ウィーンへ帰還する一連の戦争捕虜の取材が雑誌『ホイテ』、その後『ライフ』に掲載され、彼の名前は国際的に知られるようになり、ロバート・キャパから、マグナム・フォトへの参画を招待されるに至った。

1953年初のカラー作品「イメージズ・オブ・マジックシティ」が『ライフ』誌に掲載されたことを契機に、世界の主要雑誌の仕事を請け負うようになる。1960年拠点をニューヨークに移し、1962年には、近代美術館にてカラー写真で個展を開催。1971年に出版された写真集『クリエーション』は、全世界での発行部数が30万部を超えた。

1970年代から教鞭を執り始め、ワークショップも開催するようになる。写真関係の受賞多数。

1986 年ニューヨークにて死亡。

エリック・レッシング

エリック・レッシング

Erich Lessing

「ウィーンの子どもたち」© Erich Lessing / Magnum Photos
© Erich Lessing / Magnum Photos

1923年オーストリア、ウィーンに生まれる。

1939年ヒトラーによるオーストリア占領により、レッシングは高校の卒業を待たずに、イスラエル(当時、イギリス委任統治領パレスチナ)への移住を強いられた。母親はウィーンにのこり、アウシュヴィッツの犠牲者となった。ハイファにある工科大学で学び、キブツで働くが、兵役後には生活のためにタクシーの運転手もしていた。

第二次世界大戦中、飛行士、写真家として英軍に従軍し、1947年にウィーンに戻る。その後AP通信社に記者・写真家として勤め、マグナム創設者の一人のデビッド・‘シム’・シーモアの招きでマグナムに参加。1955 年にマグナムの正会員になる。レッシングは北アフリカとヨーロッパの政治事件を取材し、東欧の共産主義時代を『ライフ』や『エポカ』『ピクチャーポスト』『パリ・マッチ』などで発表した。1956年のハンガリー動乱の写真は、反乱の最初の日々の期待と、幸福感の記録となっている。残虐な弾圧による苦しみと懲罰がもたらされたのはそのすぐ後であった。

その後レッシングは、変革をもたらすものとしてのフォトジャーナリズムの力に幻滅し、主題を美術や科学、歴史へと変えた。大判のカラー写真を専門にして、40冊以上の本を出版、文化を扱う写真家として世界中に知られるようになった。

アルルや、ヴェネツィア・ビエンナーレ、UNIDO(国際連合工業開発機関)の専門家としてインドのアフマダーバード、ザルツブルグ・サマーアカデミー、ウィーン工藝大学で写真を教え、受賞暦多数。ユネスコの国際博物館会議とその専門委員会であるCIDOC(ドキュメンテーション委員会)会員。

ジャン・マルキ

ジャン・マルキ

Jean Marquis

「ハンガリー」© Jean Marquis
© Jean Marquis

1926 年フランス、アルマンティエールで生まれる。パリにて職を転々とした後、1949年ロバート・キャパと出会い、フォトジャーナリストになることを勧められる。当初、ヨーロッパで最初にできた現像所ピクトの暗室で働き始め、ピクトがマグナムの写真家のプリントを多く手掛けていたことから、マグナムの写真家と交流が深まり、自身も、1953年から56年まで在籍した。撮影のためフランス国内、ハンガリー、英国、ラップランドなどを訪れた他、映画のスチル写真も数本担当した。

1955年から数年間、雑誌『レクスプレス』の写真家として働き、1956年から1971年までは、『タイム』誌の専属で、モロッコやアルジェリアの独立戦争、フランスの学生運動 などを取材し、その後も雑誌の仕事でさまざまなジャンルの写真を撮った。1960 年以降は写真集の出版に力を入れた。

インゲ・モラス

インゲ・モラス

Inge Morath

「ロンドン、メイフェア」© Inge Morath / Magnum Photos
© Inge Morath / Magnum Photos

1923 年オーストリア、グラーツに生まれる。ドイツとフランスで教育を受けた後、1944 年ベルリン大学で言語学を学ぶ。卒業後通訳になるが、その後ジャーナリストとして働くようになる。友人のエルンスト・ハースの写真に記事を書いたことがきっかけで、キャパから創立間もないマグナムに編集者として招かれる。

1951年にロンドンに渡り、本格的にフォトジャーナリズムを学ぶ。1953年から54年までブレッソンの調査員を務める。その後2年間写真家として活動し、マグナムの会員となる。中近東、アフリカ、ソ連などを撮り始め、以来たびたび訪れている。

1966年アメリカの市民権を取得、大学で教鞭を執る。

1978年には中国を初めて取材。1950年代より今日まで世界各地を取材しており、これらは15冊以上の写真集として世界各国で出版されている。写真展もシカゴ美術館をはじめ、各国の主要美術館で開催されている。各界の著名人との交友もひろく、芸術家や政治家などのポートレイトを数多く撮っている。夫は作家として有名なアーサー・ミラー。

1996年日本において、同じマグナムの女性写真家イブ・アーノルドと共催で写真展「WOMEN to WOMEN」を開催し、評判を呼んだ。

2002 年ニューヨークにて死亡。

マルク・リブー

マルク・リブー

Marc Riboud

「ダルマティア」© Marc Riboud / Magnum Photos
© Marc Riboud / Magnum Photos

1923年フランス、リヨンに生まれる。1937年14歳の時に初めて写真を撮る。1943年から45年までレジスタンス運動に参加し、その後リヨンの国立高等工芸学校にて工学を学ぶ。1951年までエンジニアとしてリヨンの工場で働き、その後フリーランスの写真家となる。1952年パリに移り、マグナムに参加。1954年ロンドンに移住。パリに戻り、1955年マグナムの正会員となる。1957年には西側の写真家として初めて中国を撮影し、その後も中国を中心に東南アジアを取材。1966年と1970年海外記者クラブ賞受賞。パリやニューヨークでも個展を開催してる。写真集では Three Banners of China(1966)、Face of North Vietnam (1970)、Visions of China (1981)、In China (1996)などが特に良く知られている。1975-76年、マグナムの会長を務める。1980年、マグナムの寄稿家に転向。中国や北べトナムなどの作品は、数々の賞を受賞した。

events

オープニング記念レクチャー

4月23日(土)午後5時ー6時半 「終わりと始まり―マグナム・フォトと戦後オーストリアの写真」

ナチス・ドイツに併合され、第二次世界大戦後10年間の連合国軍による分割占領の時代を経て、独立を回復したオーストリア。
1955-56年、マグナム最初のグループ展「Face of Time」のオーストリア5都市の巡回は、東⻄冷戦の始まりとともにオーストリアが永世中立国として自らのアイデンティティを形成する過程と軌を一にしていた––。展覧会に込められたマグナムの戦略、テーマ、決意とは?奇跡の再発見の“神話”はなぜ生まれたか?戦後ヨーロッパ、オーストリアの写真秘史を、世界有数の写真誌『カメラ・オーストリア』の創設者二人と、彼らと親交も深い伊藤俊治が解き明かす。

© J.Idrizi.2012
© M.Oldendorf.2011
  • クリスティーネ・フリシンゲリ(Camera Austria 創設者、写真評論家)
  • マンフレート・ヴィルマン(Camera Austria 創設者、写真家)
  • 伊藤俊治(美術評論家)

クリスティーネ・フリシンゲリ Christine Frisinghelli/キュレーター、編集者、現代写真研究者。1980年、マンフレート・ヴィルマンと『Camera Austria International』創刊。2010年まで112号にわたって編集長をつとめる。1995年から99年まで現代美術の祭典steirischer herbst の芸術監督。キュレーションした展覧会に「もうひとつのヨーロッパ」(東京都写真美術館1994)、「アルジェリアのピエール・ブルデュー」(アラブ世界研究所、パリ、2003)他多数。

マンフレート・ヴィルマン Manfred Willmann/1952年グラーツ生まれ。アーティスト。1974年Fotogalerie im Schillerhofをグラーツに設立。1975年から97年まで、Forum Stadparkの写真部門ディレクターをつとめる。1980年Camera Austriaを共同設立。2010年まで『Camera Austria International』編集人。2003年よりクンストハウス・グラーツで展覧会・出版の企画にあたる。

伊藤俊治(美術史家・美術評論家)/東京藝術大学先端芸術表現科教授 美術史家・美術評論家 1953年生まれ。東京大学文学部美術史学科卒、東京大学大学院人文科学研究科修了(西洋美術史専攻)、美術史・写真史・メディア論などを中軸としつつ、写真・映画から建築・デザインまで現代芸術文化全般にわたる旺盛な評論活動を展開。主な著書に「20世紀写真史」(筑摩書房)、「ジオラマ論」、「機械美術論」(岩波書店)、主な展覧会企画に「CHIKAKU」(クンストハウスグラーツ オーストリア)、「移動する聖地」(ICC 東京)など。

ワークショップ

熊切大輔

5月8日(日)午後1時ー4時 定員15名※受付終了しました 「デジタルで撮るモノクロ写真セミナー」講師:熊切大輔(写真家)

キャンセル待ちにつきましても多数のお申込みをいただき、受付を終了いたします

タイムスケジュール
13:00〜 受付開始(事前に写真展を見ていただきます)
13:30〜 講義
14:00〜 屋外で撮影実習(カメラをお貸し出しいたします。初期化してよいSDカードをご持参ください)
15:00〜 講評
16:00  終了

東京生まれ。日刊ゲンダイ写真部に入社後、フリーランスの写真家として独立。広告や雑誌などでドキュメンタリー・ポートレート・食・舞台など「人」が生み出す瞬間・空間・物を対象に撮影する。月刊誌は日本カメラ・フォトコン・カメラマンで連載中。ニコンカレッジ講師をはじめ様々な写真講師を務める。写真展は「演じるコト-俳優 石丸幹二の1年-」「TOKYO ZOO」「浅草ラプソディ」「こども」を開催。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。

各回とも無料(展覧会入場料は必要) 会場:ヒルサイドフォーラム

access

ヒルサイドフォーラム
東京都渋谷区猿楽町18-8
東急東横線代官山駅より徒歩3分